ほころぶとノーベル賞と物事の価値を考える

先日、ノーベル賞の発表があった。 日本人が受賞して大きく報道されたので知っている。 特にこれといった感想も関心もない。 よく知らない、門外漢な分野だから。 これが自分が興味のあることでも特に何も思わないだろう。 自分で価値が分かっていればそれでいいことだ。 ノーベル賞狂騒曲、もうウンザリです https://ironna.jp/theme/972 こんな特集をみて共感する人も多いのではなかろうか。 賞というのは誰かが基準を付けたものでしかない。 アート作品なんてその価値が分からなければ落書きだったりゴミだ。 無理して理解しようとすることは危険な気がする。 自分の価値判断の外の基準で認めなければいけない。 それに日本人が受賞したからといって何故騒ぐのだろう。 素晴らしい研究成果を上げたのなら日本人だろうが外国人だろうが関係なく称賛すべきだ。 村上春樹もノーベル文学賞がとれなくたって作品が面白ければいい。 三島由紀夫がとれなかったからといって好きなものは好きなのだ。 とはいえ、自分が理解できないことへの得も言われぬ不安というのは分かる。 みんなが良いといっているものを良いと思えず、同調するしかないとしたら、辛い。 その逆も同じ。 そう考えると、報道というのは同調圧力なんだろう。 権威付けたり、価値があると思わせるには最高のツールだ。 ファッション業界が流行色を決めている、作り出していることと変わらない。 もしくは千利休。 報道されなければ…

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所沢点描と世の中の極論化を考える

日本人の思考が極論化している。 確かにそのように感じていた。 左と右。 昔からあった考え方だけどそれが極左、極右に先鋭化している。 といって全部が全部ではない。 ネット社会になって可視化されたからそう見えている可能性がある。 リアルな活動であるデモも活発だ。 ヘイトスピーチのような極端な主張をすることも昔からあったのだろうか。 そのへんは詳しく知らないし、頻繁に報道されるようになっただけかもしれない。 なぜ極論化しているのを書こうとしていたのだけど分からなくなってきた。 犯罪が凶悪化してきたというのも事実ではない。 未成年の犯罪も昔のほうが残虐性がある。 印象操作というか繰り返し、大げさに報道されるから凶悪化してると思ってしまう。 そんな構図が極論化にも言えるか。 とはいえ、極論が世の中に跋扈しているのは事実だ。 SNSやネット記事で目にすることも多い。 なぜ極論化してしまうのか。 昔から一定数いて割合的に今も変わらないなら話は終わりな気がする。 いや、その一定数の声が大きい。 ホームページから始まりブログ、SNS、動画とツールは増えた。 その極端な主張に感化される人がいるとするならやはり増えているのだろう。 なぜそうも考えが極論化してしまうか。 アーレント的に言えばそこに複数性がない。 生活する環境から潜在的な傾向がある。 ほんの少しの潜在的な意識でも、それに従って情報をとりにいき、同じような人とつながればその意識は育っていく。 そのネッ…

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ほころぶとさつまいもとマイクロプラスチックとレジ袋のこと

10月13日、さつまいもの日。 なんだか前にも書いた気がする。 さつまいもの産地で有名なのは川越。 及び所沢、三芳。 川越いもなどと言われるけれど発祥の地は所沢だ。 三芳も「いも街道」としてPRするくらい生産が盛ん。 そもそも川越はさつまいもの生産地というより集積地という位置づけ。 所沢や川越で生産されたさつまいもを新河岸川で江戸まで運んだ。 商業の町として川があるので川越は強い。 所沢の人間としては少し羨ましくなる。 今となっては地理的な優位性はそれほどないのだけどね。 そういえば13日は誕生日だった。 昨日と今日で違いはない。 ただ一日過ぎただけ。 どこかセンチメンタルになっているのは何故だろう。 人生というのはままならないものである。 マイクロプラスチック 調査した11河川ですべて検出 #nhk_news https://t.co/ytc2ppl6NM— NHKニュース (@nhk_news) 2018年10月12日 環境の話題を一つ。 マイクロプラスチックが大きな関心ごとになってきている。 良い傾向だ。 環境問題に関心があれば昔から知っていることだけど。 今回の報道でマイクロプラスチックは海にあるわけじゃないことが分かった。 よく考えれば川を辿って海に出るわけで川に影響がないわけがない。 近所の川を眺めてみればプラスチックゴミが浮いたり沈んだりしている。 それが細かくなりながら海まで流れていく。 マイクロプラ…

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