ほころぶ、ヤクザと行政と警察と

雨。 久しぶりにまとまった量の雨が降っている。 畑も潤っていることでしょう。 雑木林に足を運んだ途端に降り出すのはやめてほしい。 まあ、勝手なことですが。 彼らがヤクザになった理由 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54882 ヤクザという存在は完全に悪なのだろうか。 私は完全に排除してしまうことには反対だ。 ある人達にとっては必要な受け皿だと思う。 どうしたってまともに生きられない人はいる。 記事に書かれているように幼少期の体験、出会い、生まれ。 どこかで普通になることが理想だ。 けれど、すべてをすくい上げ、手を差し伸べられるほど社会は万能ではない。 極端に暴力的で破壊的な人間に育ったとしても、ある程度抑えることができるのがヤクザの世界だろう。 彼らの悪事まで肯定はしないけれど、ルール無用の半グレ集団を生み出したのはヤクザの弱体化だと思われる。 必要なことは、ヤクザの排除ではなく反社会的な人間を生み出さないことだ。 差別や偏見をなくし、過ちを犯しても受け入れるような社会。 人に優しい社会は可能だろうか。 アエラを読んでいてあるコラムの言葉が記憶に残った。 何かを計画した時の行政の前例がないからやらないという返答。 実際やってみたら黒字で大人気のコンテンツになる。 結果論だけど前例がないということを理由にするのはつまらない。 まあ、行政というのはそんなものだろうけど。 前例がないから…

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所沢点描、珍走団とサイトとブログとあおり運転と自動運転と

珍走団が外を走っていた。 随分と時代遅れな気がするけれどいなくなることはない。 それでも減ってはいるのだろう。 町中で明らかな不良を見ることも減った。 社会は平和になったのだろうか。 あおり運転みたいなのをみるとそうとは思えない。 老人の暴走や悪質なクレーム、ネット空間での暴力的な言動というのも目に余る。 モラルの低さ、迷惑行為は変化しつつ相対的に減ってはいなそう。 スマートフォン、SNS、監視カメラなどの普及によって可視化されてきた。 この可視化が人々のモラル低下を防ぐのかは分からない。 何かあれば炎上する社会、監視社会は生きづらいような気がする。 サイトのドメインが今月で切れてしまう。 困った。 大した金額ではないけど、無駄というかあまり意味がないのならやめてしまいたい。 ブログやSNS、様々なサービスがある現在、オリジナルサイトの必要性があるのだろうか。 検討してみるとブログだけでいいような気がしてくる。 毎日更新していて露出は多いし、コンテンツも作れないことはない。 というわけで試しに右のカラムにいくつか追加してみた。 各作品、ポートフォリオへのリンク、プロフィールなど。 必要なことってこんなものかと拍子抜けしてしまう。 少しごちゃごちゃしているのは気になるところ。 運転をもっとつまらなく https://blogos.com/article/344100/ あおり運転をなぜしてしまうのか。 赤城氏は運転が楽し…

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