ほころぶ

本の良い所は、紙の色が変わることだ。 暮らしに、人の生に寄り添っている気がする。 そして世代や時代を越えて読み継がれてゆく。 なんて豊かなことだろう。 何百年も前に誰かが書いたものも手にすることができるのだ。 壮大な物語を描きすぎな気もする。 紙の本を礼賛してデジタルを全否定するわけではない。 けれどそれが本の楽しみであり当たり前の変化だろう。 川上弘美の本がはじめからある模様かと思うくらい変わっていた。 それが内容と不思議なくらい合っていて違和感がない。 人によっては黄ばんで古くさいと感じるかもしれないけどね。 現代的な新しいものこそ価値があるという風潮には異を唱えておこう。 図書館の沢山の人が同じ本を読むという形もどこかロマンがある。 知識や物語が様々な人に蓄積されていく。 いつか本は汚れ、やぶれ、朽ち、消えてしまう。 私が本ならば、一度読まれて棚におかれるよりはよっぽどいい。 川上弘美の影響を受けて思考が叙情的になってきてしまった。 夜中、散歩していたらすれ違う人のすべてがスマートフォンを眺めて歩いているのに気付く。 あの人達は本を読むのだろうか。 本を読む、読まないでは人として大きな違いがあるような気がする。 明らかにテレビ、漫画、スマートフォンなどとは別物で思考方法というか頭への入り方が違う。 能動的と受動的の違いといっていいかな。 人間社会にとってどちらがいいかは断言出来ないけどね。 月を愛でなくなったのは、街頭のせいだ。 い…

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ほころぶ

雨の日。 と、思いきや曇っている。 昼間のことだけど雨は降っていない。 一日雨だと聞いていたので本でも読もうかと思っていた。 気分を変えてサボリ気味の畑へ。 採種せずに適当に蒔いた大根と人参の芽が出ている。 沢山、モリモリ。 ちゃんと育つかは分からない。 マニュアル通り育てればいいのだろうけどね。 農薬も化成肥料も使わないので畑と相談しつつ進めるしかないのだ。 基本的には落葉堆肥と鶏糞を利用している。 あとは刈った草を敷く。 マルチなどプラスチック製品はなるべく使わない。 もちろんガソリンを使う機械はなく、スコップ一つ。 種はもちろん自家採種できるものだ。 自然農法も少し取り入れている。 畝を作ったら耕さない。 草は抜かずに根元を切って根は残す。 たまに落葉堆肥をかけるだけ。 いろいろとやり方はあるんだろうけど、適当。 全然だめな畝もあるけど、適当に育つ畝もある。 畑を始めて数年経つけど上手になっているかは微妙。 もっと沢山の収穫を目指すべきだとは思う。 ただの自己満足では意味は無い。 とはいえ、できる範囲で、虫や草たちの邪魔にならないようにしていきたい。 そういえば、沢山のカタツムリが畑にいることに気付いた。 きっとサボり気味の畑だからだろうね。 農薬や化成肥料を使ったり、根こそぎ草を抜いてしまったらどうなるだろう。 きっと沢山の虫がいる畑にはならない。 結構野菜を食べられてしまうけどお互い様。 邪魔しているのは私の方だ。 …

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