ほころぶ、モノクロ写真のカラー化に思う

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▽最近、昔のモノクロ写真をカラー化する動きが出始めている。といって、モノクロ写真に色を付けようとするのは昔からされていることだ。絵の具で彩色された昔の写真を見たことがある人も多いと思う。それを専門にする職人もいたらしい。リアルな、現代的な写真に仕上げるというよりは、絵画的な表現に近いような気がする。それはそれで趣があって好きだ。


現代におけるモノクロのカラー化というのはよりリアルに、忠実に再現することを目指している。それによって忘れられていく過去を繋ぎ止めようとしているのだろう。対象となっているのは戦争の写真だ。確かに、モノクロの写真というのはカラーが当たり前の現代人には違和感があるのかもしれない。古臭く、遠い昔の出来事のような気持ちになる。テレビは当然カラーだし、パソコン、スマートフォンなどで見る動画も身近で当たり前だ。前時代的なモノクロ写真は注目されることはなく、戦争というものも忘れ去られていく。



モノクロ写真をカラー化することでビビットに、より興味を持つことができる。まあ、確かにそうなのだろう。第一次世界大戦の記録映像を徹底的にカラー化、再現した映画もピーター・ジャクソン監督の手によって制作された。100年も前の出来事とは思えないほどの仕上がりになっている。戦争のリアルを感じ、平和につなげることが出来るだろうか。

見る側の問題なのだろうけど、モノクロ写真であっても色を感じないわけではない。現代でもあえてモノクロで作品を撮る写真家は多い。作為的ではあるのだけど、色がないことで出来事、伝えたいことだけを際立たせることが出来る。色が時として邪魔になるのだ。とはいえ、戦争の写真やピーター・ジャクソンが取り上げた映像は作品として撮られたわけではない。出来るならカラーで残したかったかもしれないけど、当時としてはモノクロが当たり前だったのだから写真、映像としての違和感はないと思う。なのでカラーにすることで逆に見えなくなってしまうものが出てきてしまうかもしれない。技術に目がいってしまうし、モノクロで劣化しているからこそ隔絶された歴史として学べる気もする。そうはいいつつ、興味深くカラー化された写真を眺めてしまうのですが。