空点描、空のこと

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▽時間は18時少し前。ギリギリ銀行に間に合いそうなのでスーパーカブを走らせた。ついでなのでカメラも持ってゆこう。林の中で写真を撮るには暗すぎるけど、空の写真なら撮れる。時間的に夕暮れの時間だし、覆っていた雲はどこかに消えてしまった。

夕陽を撮るとなれば私の中ではそう選択肢はない。歩いて15分くらいの所が2つあって、いつもこのブログにアップしている写真はそこで大体撮っている。荒幡富士と、所沢高校の脇。せっかくバイクに乗っているのだから歩いて行ける場所ではもったいない。というわけで向かった先は多摩湖。まあ、ここも歩いて行ける範囲なのだけど、眼前は湖だけなのでロケーションは抜群だ。訪れてみると、カメラと三脚を携えた人が数人いて人気スポットというのが分かる。そして今日の1枚。

そういえば、なぜ空の写真を撮り始めたのか思い出した。もう10年以上毎日空の写真を撮っているのだけど、初心を忘れさせてしまう年月というのは恐ろしい。ただ惰性になっているような気がしないでもないですが。

町中で過ごしていると自然というのはなかなかない。けど、空がある。日常の中でふと見上げる空というのは心に潤いをもたらすのではないか。小林清親か川瀬巴水か曖昧なのだけど、画集に掲載されていた孫を連れた老人が夕陽をただただ眺めている浮世絵が印象に残っている。空というのも身近にある娯楽なんだと気付かされた。私の中では自然散策が王道の娯楽なのだけど、空というのも忘れてはいけない。そんなわけで、初心に戻って意識的に撮ってみようかと思う。