ほころぶ、日本人と日本国籍を考える

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▽先日、ノーベル化学賞に吉野彰さんが選ばれた。旭化成の名誉フェローでリチウムイオン電池を開発したことが受賞の理由だそう。あまり賞というものに興味がないので深くは調べていない。よりよい社会を目指せる研究というのは奨励すべきだし、敬意を払いたいとは思っている。

気になったのは日本人で何人目という言葉だ。別に日本人ではなくても素晴らしいものは素晴らしいし、評価するものは評価すべきだろう。日本人で何人目かというと、諸説ある。28人説、27人説、25人説。これは米国籍の2人、幼少期から英国籍の1人をどう扱うかによって表現が変わってくるらしい。日本国籍でいうなら25人ということになる。日本国籍として誕生したというなら28人だろう。

日本人とは何をもって日本人というのか。本来的には日本国籍を持っている人間を日本人というと思われる。他国籍だとしても日本人の両親を持っている人は同じ民族としてシンパシーを感じるだろう。逆に外国人が日本国籍を所得した場合、日本人として快く迎え入れているのか疑問に思うところはある。例えば在日の方々へのヘイトや差別、戦前から今になっても変わっていない。外国人と日本人を親に持つ子供へのいじめもある。移民を受け入れないことも何かそのような背景があるように思う。

そう考えていくと、国籍というよりは純粋な日本人を同胞とする傾向があるように感じるが、大坂なおみさんの場合は日本国籍を所得することで歓迎されている。もし日本国籍を所得しなかったら応援をやめてしまう人もいるのではなかろうか。大坂なおみさんを応援する理由は母親が日本人であることと、日本国籍を所得することで今以上にファンは増えるかもしれない。けれど、世界的に見て素晴らしい選手ではあるのだから日本と関わりがあろうがなかろうが応援すべき対象になりえる。日本という要素がなければ応援できないのかと考えてしまう。

例えばアート。日本人は世界的に評価されているものをより好む傾向がある。有名な作品が美術館で展示されれば大変賑わう。評価が定まっていない作品を展示しても多くの人は見向きもしない。自分の目で見て考察し、理解し、人と違う意見でも良いものは良いと言えるほうが有意義ではないか。少し話がずれている気がしないでもない。

現在開催されているラグビーを見ても、日本人なんてカテゴリーが不要なくらい多様な選手層だ。スポーツ業界だけでなく日常でも多様な人々がいる。日本人か日本国籍かそんなことはどうでもよく、評価できるものは自分の考えで評価し、様々な人と別け隔てなく関わり合う、それでいいですよね。

ほころぶ
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