武蔵野点描、選挙のこと

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▽一つ大きな出来事がある。いわずもがな参議院選挙だ。未来を決める大事な選挙、みんなも投票に行きましょう。とは言うつもりはさらさらない。投票したいと思う人間がいなければ仕方のない話だ。ただ、現実問題として日本の社会の中で大きな決定をしているのが選挙で選ばれる議員ではある。どうしても譲れない何かがあるなら投票すべきだろう。何らかしらの意思表明、社会参加をしたいという気持ちを満たすためにも投票行動は有益かもしれない。けれど、中途半端な投票をするなら家で寝てるべきだ。見た目で選ぶとか、握手をしたからとか、知り合いだとか、名前でなんとなくとか、耳障りの良い選挙公約に踊らされるとか。そんなことで選ぶなら迷惑でしかない。自分の投票権を信頼できる人間に譲渡する、なんていうシステムがどこかの国にあるようだけど日本でも導入されないかと心から思う。
私の主張をしておくと、反社会的な考えだけど投票率をゼロに近づけたい。そうすれば政府に対する信任がなくなって崩壊する。50%以下の投票率でもそれは信任に値しないレベルだと思うけどね。無政府状態を希望、といって無秩序とは違い、小さな地域ごとに物事決めていけばいい。一律に管理統制しようとするから様々な弊害が出てくるのではなかろうか。例えば沖縄。地元の意志など考慮されることなく米軍基地を押し付けられるのではたまったものではない。原発にしたって同じで本当に安全なら東京のど真ん中に作れという話だ。国連をより国家共同体というか国そのものにして世界政府のような形で大きな枠組みだけ作って後は小さなコミュニティに任せる、というのはいかがだろう。
そんな馬鹿げた考えなので革命を起こすくらいしか理想の実現は出来ないのだけど、今回は気になる政党がある。といって今その政党の名前をあげて投票を呼びかけることはできない。選挙運動は前日までしか出来ないのだ。よく分からない仕組みである。
気になると名前をあげるだけなら問題はないのだろうか。以前、議員には多種多様な人材がいたほうがいいのではということを書いた。それを実行している政党が一つある。そして消費税の廃止を訴えていることも評価したい。このくらいならきっとだいじょうぶだろう。もった早めに書いておけばよかったと後悔している。
選挙に行く、行かないに関わらず世の中、日本社会を考える日であることを願います。


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