日本点描

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自分を理解することは難しい。
ちゃんと理解している人はいるだろうか。
自分探しの旅なんてものもただの遊びだ。
結局自分なんてものが分かるはずがない。
いや、例え分かったとしても人は変る。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

人というのも同じ。
分かったと思うほうが怖い。
それによって縛られ、動けなくなる。
川の流れをせき止めるようなものだ。
ということは他人のことなんて分かるはずがない。
悲しいことである。

そんなことを書くつもりではなかった。
自分が好きなものの傾向があるのだけど、決めてしまってはよろしくない。
だから書くことがなくなってしまったのです。
それでは元も子もないのでとりあえず書こう。
私は知性を感じるようなものが好きと思っていた。
最近の音楽は軽い気がする。
それはあまりにもメロディやビート、勢いや、雰囲気、客に寄り添いすぎだからではないか。
原因はロックだ、ビートルズだ。
ふむ、私が知性のない考えをしている。

竹原ピストルには知性を感じない。
河島英五には知性を感じる。
けれど、どちらも好きだ。
なぜこの二人を比べているかはよく分からない。
どことなく似ているように思う。
どうでもいい話。

最近、学校での解剖の授業はカエルではなく煮干しでするそうだ。
私の時代はどうだったろう。
まるで記憶がない。
でもまあカエルを解剖するというのはとても残虐な行為である。
ニワトリでも屠殺して解体して食べればよい授業になりそうだ。
理科と家庭科が渾然一体で無駄がない。

水田でカモを利用した栽培方法がある。
カモを放つことで雑草を食べてくれるそう。
そして終わったらカモも美味しくいただく。
残酷だ。
いや、自然の摂理、綺麗事をいってはいけない。
ちょっと悲しいと思ったのはカモは大人になる前に食べてしまうこと。
大きくなると雑草だけじゃなく稲も食べてしまったりするかららしいけど他に方法はないのかしら。

脈略のないことをダラダラ書いてしまった。
アラーキーのことを書こうと思っていたのだが。