所沢点描

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昨日少し書いたキャプションのこと。
家で考えていても何も浮かばないので雑木林に向かった。

私は武蔵野地域の所沢に生まれ育った。
写真を撮り始めると生まれ育った場所に自ずと関心が向かった。
調べてみるとどうやら所沢は武蔵野という地域にあるらしい。
埼玉というのは行政区でしかないし、多摩とも違う。
武蔵野は広く、荒川、入間川、多摩川に挟まれた台地で、東は上野辺りまで。
その中で所沢はほんの一部をしめるだけで、そもそも所沢というのもただの行政区だ。
学校で習ったような気もするけど真面目な学生ではなかったのであまり覚えていない。
国木田独歩の名前も聞いた気がする。
その国木田によると萱原であったり雑木林が武蔵野を象徴する風景らしい。
昔の文献から「見渡す限りの野」という風景も見えてくる。
一言で言うと武蔵野には何もなかったのだ。
私の家は丘陵の近くなので雑木林は沢山あるけれど、萱原などはない。
いや、そもそも今の武蔵野からは萱原、野というのは消えてしまった。
それは実際に見て回らなくても想像できるのだけど、やはりない。
けれど、雑木林が残るように武蔵野的な風景は残っている。
見渡す限りの畑、田んぼ、川。
それは厳密にいえば独歩のいうような武蔵野の原風景ではない。
けれど今も残る武蔵野的風景であると思う。
ほとんどの地域は道路が張り巡らされ、宅地化、都市化して昔の面影はなくなってしまった。
今回展示している写真の多くの撮影地は都心からは離れている。
所沢、狭山、入間、川越、多摩川は福生や川崎の麻生区あたり。
私は武蔵野を再定義、次代へ繋げるために撮り続けることにした。
そして10年近くの月日が経とうとしている。
何が変わり、変わろうとしているのかは良く分からない。
それでも武蔵野は武蔵野であり続けてゆく。

手直ししつつひとまずこのような感じ。